2012年12月22日

ようこそ!「Natural Magic Net」へ

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宇宙の愛、惑星の力、地球の慈悲、植物の友情・・・
私たちはこれらの見えない力によってこそ生かされています
この純粋なエネルギーに協調し、意識的に使うことによって私たちはこの現実世界に
奇跡的な癒しと創造性を表現できるようになります
『自然魔術』は私たちのこれからのライフスタイルに
大きな智慧と新しい感動を与えてくれるでしょう
このブログではオリジナルな視点から生活に取り入れられるシンプルで楽しい
新時代の自然魔術を3人のパーソナリティーが紹介します

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2007年12月02日

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2007年04月30日

高次のリアリティーを捉える

レイキはハンドヒーリングのメソッドではありますが、レイキの醍醐味は様々な生活の場面に応用することだと私は思ってます。

レイキとはある種の高次のエネルギー源です。そのエネルギー源に常につながる意識をして生活をすると、日常のリアリティーが全く違うものに見えてくることがあります。

■現実の本質とは無限のレベルがある

私達が見ている現実とは、一見すると一つにしか見えませんが、実際は無限の現実が層を成して多次元的に存在しています。

多次元に層を成す現実


これらの多次元的現実のどの層に合わせるかは、観察者の視点、つまり観察者の波長に共鳴する形で体験することになります。

量子力学の世界観をスピリチュアルな世界に持ち込むことは、ある意味誤解を生みやすいのですが、量子の振る舞いが観察者の影響によって決定されるというわれる不確定性原理にも似たところもあるかもしれません。

これは私がレイキを始めた頃よくやった実験ですが、仕事場で物凄く怒ったクレームの電話を受けてしまった時、一旦「お調べいたします」と切ってから、電話や自分にレイキをしてから再び電話すると、先程とは別人で穏やかな本人が電話口に出てくるといった経験をよくしました。

これは、私の波長そのものが、クレームをしてきたお客さんの怒りやイライラという低次の波長と共鳴しあっただけですので、レイキと言う高次の波長に戻してあげることによって、同じお客さんの高次の状態と今度は共鳴することが出来るのです。

つまり、そのお客さんは低次の現実も高次の現実も全て無限の層をなしている。結局そのどこにアクセスするかはこちらの経験者の観察する波長によって決まるといえるのです。

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「そんなバカな〜」とお思いになる方も多いと思います(笑)
試しにいわれのない嫌な経験をさせられた相手に「感謝」や「祈り」をしてみてください。一瞬の内にして、その人の全く違う面を経験するかも知れませんよ!
「感謝」や「祈り」はレイキと同様、高次の波長に自分を合わせる波動調整のツールでもあるのです。

■多くの人たちが合わせる集合的現実が「一つのリアリティー」と感じる

そうは言っても「現実って歴然としてあるじゃないですかぁ」と仰る方がいると思います。

確かに新聞やテレビのニュース、大衆雑誌などには、動かしがたい現実があるように思えますし、実際に社会や法律だってあるわけですね。

しかし、それらは現実の一側面でしかありません。

ただ、多くの人たちが同意しているがゆえに唯一の動かしがたい現実と感じているだけなのです。

これが、「集合的意識としての現実層」と言うことになります。最初の図の真ん中の層です。

つまり、これがとても大切です。
今ある私達の歴然とした地球の現実は、現実として決定的にあるのではなく、多次元的な現実の層から私達の多くが「選んでいる」ことによって成り立っている(より現実的と感じている)のです。

■集合的現実層を選ばないという生き方

これは反発される方も多いと思いますが、その集合的現実層に働きかえれば働きかけるほど、その集合的現実はパワーを増します。

つまり「反対しよう」と「賛成しよう」、その現実層に波長を合わせている事には変わりはないのです。

抵抗や反対すれば、よりその現実に力を与えている事にある意味なります。

では、その直面する現実が自分にとって不本意なものであるならば、また、その現実に抵抗や反対をすれば、なおその現実を増幅するとなればどうすればよいのでしょうか。

これは、先程のクレームの電話の例と同じく、一回切って、波長を変えて現実を選びなおすという事。

つまり、この集合的現実層に波長を合わせずに、もっと高次の現実層に合わせて生きるということになります。

多くの人がこの現実を選びなおせば、集合意識の現実層も自ずとシフトアップします。

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日常生活でレイキを活用するということは、瞬間瞬間の創造を高次のエネルギーと共に行うことになります。

つまり、その人は今までの集合意識の現実層とは違う現実を見るようになります。

そして、多くの人が日常の中で新しい現実を創造するようになれば、地球の集合意識的現実層はその新しい現実にシフトアップすることになるのです。


これが、レイキのプラクティショナーの本質的な役目でもあるのです。だから、レイキの醍醐味は単にヒーリングをするだけでなく、日常の創造を常に高次のエネルギーで行い、より高次の現実を創造すると言うことなのです。

日常の創造とは、もちろんお皿洗いから事務仕事も含めます(笑)
そして、もちろん同じように高次のエネルギーに波長を合わせる方法はレイキ以外にも無限にあります。

2006年11月15日

マクロビオティックに五行説は必要か?F

さて、怒涛のような忙しさが終わって、やっとPCへ向う時間が出来ました。さぁ今日こそこのシリーズ終わらせるぞ〜。

■大森英櫻と久司道夫の五行的アプローチ

皆さんオレンジページの「マクロビオティックがおいしい」という本を読んだことがありますか?
マクロビオティックが一躍メジャーに押し上げられた記念すべき冊子です。

その本のマクロビオティックの診断法の中に象徴的なページがあります。

「陰陽五行図」とマクロビオティックの「4つの体質」が並んで表示されています。この陰陽五行説の出典は久司道夫先生、4つの体質の出典は大森英櫻先生にあります。

大森先生の「4つの体質」は、陰と陽をそれぞれ「肥大」と「萎縮」に分け4つのタイプに当てはめて体質を判断するシステムです。
実はこれは中央に理想的な健康という「中庸」の状態を持ってくる五行的な考え方から来ています。

五行説には所謂相生相剋の典型的な図だけでなく、4つの季節や4つの方角の中央に「土用」という中庸概念をおいて五行説とする考え方もあります。

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☆季節= 春 夏 土用 秋 冬
☆方位= 東 南 中央 西 北
※ちなみに、色でいえば何故か黄色人種が中庸となってしまします。
☆色 = 青 赤 黄色 白 黒

と言う訳で、「4つの体質」も五行的観点から考えられたシステムであるとすれば、久司先生の陰陽五行説と共に二つの「5」というシステムが偶然にも同じページに並んでいることになります。

注意=久司先生の「陰陽五行説」は古典的な漢方の陰陽五行説とは「陰陽」の考え方が逆です。マクロビオティックの陰陽の考え方に照らし合わせて作りなおされているので混乱しないでね。

■病気治しをしなかった桜沢先生

大森先生がよくいっていました。

「桜沢先生は、実際に病気治しをしなかった。実際に病気治しをするには陰陽だけでは曖昧すぎて病気は治せない・・・」

つまり、大森先生も久司先生も実際に病気治しをするにあたって具体的な診断をするにはどうしても五行的なシステムを必要としたということになります。

「5」という数字は、人体を象徴しています。つまり医療とはいわば、人を支配すること、人をコントロールすること(決して悪い意味で言っているのではありません)。引いては社会を動かすこと。国を動かすこと。陰陽五行説が中国においてもこのようなジャンルに効力を奏した意味はここにあります。(安部晴明が五芒星を駆使するのも同じ意味です)。

一方桜沢先生は「病気は治してもらうものではない」と考えていたようです。

桜沢先生は、内的なバランス感覚を復旧させるために徹底的に自己の内側へ意識を向わせ、第六感(最高判断力)を研ぎ澄ますことが病気が治ることだと考えました。

だから食事は病気を治すための処方箋ではなく、「瞑想」なのです。

そこには「6」という直感的視点が必要でした。そして陰と陽という二つのふり幅の中で徹底的にバランス感覚を養うことがもっとも大切だったのです。

だから陰と陽だけでいいのです。陰と陽という視点をもらったら、後はその浮き輪でバランスをとることを体で覚えなさいと言っているわけです。

これはある意味厳しい突き放し方です。

■7号食という世界

この桜沢先生のシンプルで厳しい突き放しを徹底していくと、「7号食」という考え方が生まれます。

「7号食」とは、玄米とゴマ塩(あるいは穀物だけ)で1週間過ごす食べ方です。これはまさに「食」は「瞑想」であり、その期間実践する人は、否応なく内側へ意識を向けていかなくてはなりません。

さて、果たしてこのような究極的なことが一般的に通用するでしょうか?

特に西洋社会にマクロビオティック運動を広く普及させようとしていた久司先生にとっては、桜沢先生のやり方では究極的でシンプルすぎて、アメリカ人には到底理解できないだろうと思ったに違いありません。

まずは「病気を治してあげたり」「美味しく、見た目にも花やかな食事を作ってあげたり」「東洋の神秘的な自然哲学を教えたり」といった取っ掛かりを作らなくてはなりません。

それには「五行説」というシステムは、病気の診断には有効ですし、「五味五色」を活かした料理は美味しい。何よりも「木火土金水」というサイクルと相生相剋はいかにも東洋の神秘といったような趣きがあります。

そして、大森先生にとっては何より「病気治し」が趣味であり、どれだけ食だけで病気が治せるかが先生のテーマな訳です。

必然、陰陽という二点だけでなく、より人間の身体性に根ざした五点で判断した方が正確に判断できることになります。

■まとめ

結局「マクロビオティックに五行説は必要か?」という問題は、「何を持ってマクロビオティックというか?」という問題に関わってきてしまします。

現在多くの方たちが、オレンジページなどでマクロビオティックを知るということは、やはりマクロビオティックにも五行的システムが必要だという時代の象徴として捉えることが出来るでしょう。

では私といえば、やはり桜沢先生の極論的世界観が好きなのです。
病気治しにも興味持てなかったし、マクロビオティック料理の普及運動にもいまいち積極的にはなれなかった…。

だから、五行的なシステムは自分にとって必要なかったし、あまり興味も持てなかったというのが正直な感想です。

結局結論は出ません。てゆうか、でるわけないでしょッ この話題(笑)

皆さん長々とお付き合い頂きありがとうございました!

やっと終わった〜

【マクロビオティックに五行説は必要か?シリーズ】
@無双原理と陰陽説
A陰陽五行説とは?
B五行説の歴史と謎 
C古代世界と五惑星観
D陰陽説と五行説の観測点の違い
E古典マクロにおける五行説の必要性
Fまとめ

2006年10月28日

マクロビオティックに五行説は必要か?E

「マクロビオティックに五行説は必要か?」というテーマで長々と書いてきましたが、そろそろまとめに入りたいと思います。

桜沢如一は、中国伝統の陰陽説や五行説の複雑化や曖昧さを問い直し、万物を計る尺度としての「陰陽」の概念を明確に示しなおしました。

それが「無双原理」というマクロビオティックの基本理念だったのです。

■無双原理とは?

無双原理とは、陰陽の特質を記述した「無双原理の12の定理」「無双原理図解」という二つの主柱で成り立っています。

桜沢先生はこのシンプルな陰陽の定理だけで、全ての事象を解き明かせると言っています。

【無双原理の12の定理】
1.宇宙は陰陽の秩序をもって展開す。
2.陰陽秩序は無限に、不断にいたるところに生起し、相関交渉盛衰す。
3.求心、圧縮、下降の性を有するものを陽といい、
  遠心、拡散、上昇の性を有するものを陰という。
  (故に、活動や熱は陽から、静かさや冷たさは陰から生まれる)
4.陽は陰を、陰は陽を相牽引す。
5.森羅万象は、あらゆる比例において陰陽両性を荷帯せる宇宙の本体の電子的
  微分子の複雑なる高次元の集合なり。
6.森羅万象は、単に種々なる程度の動的均衡を示す陰陽の集合なり。
7.絶対純粋なる陰または陽なる事物は存在せず、総じて相対性なり。
8.一物といえども中性なるものなし。必ず陰陽多寡あり。
9.森羅万象の相互の引力は、その対者間の陰陽差に比例す。
10.同名の性は相排斥す。同名の性の排斥力はその差に逆比例す。
11.陰極まりて陽生じ、陽極まりて陰生ず。
12.万物その内奥に陽を付帯し、外側に陰を付帯す。


無双原理図解とは、12の定理から導き出される簡易図です。
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『無双原理・易』(桜沢如一著 日本CI協会刊)より

図の中に五行説で使われる「五味」も記述されています。つまり、五行という観念もこの無双原理で洗い直しているということです。

マクロビオティックの基本原理とは実はこの「無双原理の12の定理」とそこから導き出される「無双原理図解」だけです。桜沢先生はその他の原理は何一つ提示していません。

※その他に「宇宙の秩序」という原理がありますが、これは扱う分野(次元)が違いますので、また後日その構造については説明します。

ですから、桜沢如一のオリジナルマクロビオティック(私はこれを古典落語ならぬ古典マクロと読んでいます)においては、「陰陽五行説」は歴史的な検証の対象にはなるが、原理としての必要性はないと私は考えています。

ただ、それは「古典マクロ」の世界でのお話…。

なぜ、現在のマクロビオティクで陰陽五行説が持ち出されるかと言うと、それはそれだけの魅力があるからだということです。

■陰陽という瞑想

さて、この無双原理…。
果たして、どれだけの人がこの原理のみを活用して、実生活に応用して行けるでしょうか?
前章でも書きましたが、無双原理の陰陽とは言わば「神の視点」=「悟りの視点」なわけです。この原理を頭では理解できても、実生活上で直感的に応用していくということは、まさに「神人一体」の境地といっても語弊がありません。

五色は人の目をして盲(もう)ならしむ。五音は人の耳をして聾(ろう)ならしむ。五味は人の口をして爽(たが)わしむ。
『老子 ―道徳経上編第12章』より

桜沢が影響を受けていると思われる老子は、「五色(ごしき)」「五音(ごおん)」「五味(ごみ)」がそれぞれに交じり合って、様々な色や音楽や料理ができあがり、それらが人々の欲望を刺激して生活をくるわせることになると言いました。

複雑さや混沌が生活をくるわせるのであれば、シンプルな原理を明確化してそれに従えばいい・・・。
私はそんな極端な桜沢先生が大好きなのですが、実際にマクロビオティックを一般の方々に普及したり、指導するには

「シンプルすぎて通じない!!って」

というのが引き継いだ方々の叫びだったのではないでしょうか?(笑)

瞑想が呼吸という呼気と吸気のバランスにあるとすれば、マクロビオティックは食事を中心に全ての生活の中で陰陽のバランスをとるという言わば「動的な瞑想」です。
いきなり、一般の人たちや海外の人たち、病気で苦しんでいる人たちに「神様の視点で瞑想しなさい」なんて言ったって通じる訳がないのです。

そこには、無双原理と複雑な現実的生活を繋ぐ中間点がどうしても必要になってくるのです。

<結局終わらなかった!次回こそ最終回>

【マクロビオティックに五行説は必要か?シリーズ】
@無双原理と陰陽説
A陰陽五行説とは?
B五行説の歴史と謎 
C古代世界と五惑星観
D陰陽説と五行説の観測点の違い
E古典マクロにおける五行説の必要性
Fまとめ























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