2006年08月12日

お米のサトルマクロ的考察B

さて、このテーマはどうも最近硬苦しくなっているので、今日は軟らかくお米を炊いて食べてみましょう(笑)

炊き立てのごはんはとても美味しいですね!

例えば、炊いたご飯を主食としている私たちと、パンやパスタ、麺などに加工された小麦を主食としている国々にどんなエネルギー的な影響の違いが生まれるでしょうか?

これは「ごはん」と「パン」の陰フィールドの違いを見てみると面白いかも知れません。

■お米と小麦のサトル・マクロ的違い

お米→ごはん
小麦→パン

これらのプロセスの中で、お米は収穫され、乾燥、脱穀(もしくは精米され)炊かれて私たちの口に入ります。

@収穫 A脱穀(もしくは精米)B水を加える C火で炊く D食べる

ではパンのプロセスを同じように見てみると、

@収穫 A脱穀・粉に挽く B水を加える C捏ねて形成する D火で焼く E食べる

ここでのごはんとパンとの大きな違いは、明らかに「捏ねて形成」というプロセスですね。
これは、単に一過程多いというような問題ではなく、人が「捏ね」「形創る」という行為は陰フィールド的に大きな情報のプログラミングということになりそうです。

つまり、私たちが小麦を食べる時、捏ねて形成する人のプログラミング(想念)と対話していることになります。

この結果、小麦を主食としてきた欧米では、個々人の個性を重視したコミュニケーションによって成り立つことになります。

小麦は様々な人の情報を陰プリントするので、様々な創造性豊かな形のパンやパスタや麺などに変化します。
小麦という神様からの贈り物と、それを加工する二次的創造主(人)、そしてそれらの惠を享受する人々…。
欧米の方々がキリストを通してのみ神様とつながることが出来ると考えたのも小麦が主食だったからかも知れません。


一方ごはんはどうでしょう。

「捏ねて」「形成」するという行為(プログラミング)が挿入されないので、ごはんはごはん以外にあまり個性はありません。

全国どこへ行ってもごはんの形は変わりません…。

これは日本人の個性がないといわれる民族意識の形成に影響を与えたかもしれません。(欧米人にとって見ればですが)

「違い」という個性ではなく、「同じ」という無個性を大切にする傾向でね。「和」を尊ぶということにもつながります。

お米という神様からの贈り物、そしてそれらの惠をそのままの形で享受する人々…。

一体日本人にはどんな役割があるのでしょうか。












この記事へのコメント
anubis22さん、こんにちは!
この記事を読んでふと思ったことがありました。それは夫は組織の中で働く会社人なのですが日頃のご飯はお米を好みます。それが旅行に行くとかならずパン食を選んでいるんです。休みは違うことをしてみたいのねと思っていたのですが、日頃は会社の中で和を尊び生活することを強いていて、プライベートでは個人の自分に戻りたいという願望があるのかな?と思いました。ちなみにわたしは普段、選択も決断も一人で行う仕事でパン食が多く、旅行に行くとご飯を食べたくなります。自分のテリトリーを離れるという不安をお米の『和』のエネルギーで補ってもらっているのかな?と思いました。
でもこの時期、お墓参りなど行くとやはり日本人なのだな、お米しっかり食べようと思います。
Posted by ぢゅん at 2006年08月15日 12:25
☆ぢゅんさん!こんにちわ。

東京は甚だ蒸し暑いのですが、北海道は爽やかなのでしょうねぇ。

私は普段はお米、旅行に行くとパン食の傾向があります。

ぢゅんさんのように個性を発揮するアーティストにはパン好きが多いのではないでしょうか(笑)

人を楽しませるエンターテイメントはやはり小麦食に由来するのかも知れませんね!

(8/28)表題のお名前に敬称が抜けてました!呼び捨てにしてしまって申し訳ありませんでした(笑)
Posted by anubis 22 at 2006年08月18日 08:46
中国人も韓国人もタイの人も米は食べてますけど、やはり日本人は特別なんでしょうか?(笑)
とつっこんでみる。

いやなやつですみません。

というか、米不作の時中国米を食べた事があるけどぽろぽろおいしくなかったのを思い出してしまって。
タイ米とか。(タイの米はゆでるんですよね)
日本の炊き方も特有なんでしょうかねえ?
日本ほどお米が聖なる物な国は無いってことですかね・・
関係ないけど、「富士山は陰陽どっちやねん?」
と思いながら、友達が富士山に登ったそうです。
ついこないだマクロ方面に引き込んだと思ったら、いきなりそういう考察に入り込むなんて凄いなーと思いました。私なんかまだまだです。
現在人生の排出期間中のfantaでした。
Posted by fanta at 2006年08月18日 15:41
☆fantaさん、ご無沙汰です!

さすがfantaさん、鋭い突っ込みですね。私の記事のいいかげんさを見逃さないですねぇ〜(笑)

まず「日本人は特別」と言ってしまうとどうしても選民思想に思われてしますので、単に珍しいパターンと言っておきましょうか。

簡単にお答えすると、日本のお米は「0」に形が近いと言うことでしょうか。タイ米とかはむしろ「1」に近いかもしれません。中国は小麦が主食のところもありますし、お米を粉食すところもあります。そういった意味で韓国が一番日本に近いといえますが、大切なのは日本が島国だということです。

島という特殊な空間の中で「0」が保たれているということに珍しいパターンが隠されているということでしょうか。

これは偶然にも富士山とも関係があります。富士山は山ということではマクロビ的陰陽では、「陰」となるでしょうが(海が「陽」とすれば)、世界の山の中では、富士山は陰陽調和の象徴となります。だから不二(2にあらず)と言います。

「0」とか「陰陽調和」だとかそういったコードを保存している島ということ、それにどういう意味があるかは、「お米のサトルマクロ」の結論になってしますので、本文に譲りますね!

fantaさんに突っ込まれると、何故かいいアイデアが閃くので不思議です(笑)

いつもありがとうございます!





Posted by anubis 22 at 2006年08月18日 21:34
お米は奥が深〜いですね。
参考になりました。

製造過程に関わった人の個性がプログミングされるとすれば料理も同様なのでしょうね。
ということは、作った人の個性が食べた人にプログミングされるのかしら。
だんだん似てくる夫婦はちゃんと家庭で食事をしている証拠かもしれません。

趣旨から脱線したコメントですみません。
Posted by minmin at 2006年08月25日 18:11
☆minminさん、こんにちわ!

コメントありがとうございます。

まさに料理も同様だと思います。夫婦がだんだん似てくるのは、同じ陰フィールドを共有する時間が多いので、自然と陽フィールドである肉体にも同じような投影がされてくるのですねぇ。

不思議なものですね。
Posted by anubisi 22 at 2006年08月28日 12:17
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