2006年09月16日

多次元マクロビオティック

夏も終わりやっと秋っぽくなってきた今日この頃、ふとこのブログを開いてみると季節に取り残された「海の家」のような寂しさを感じてしまい、思わずキーボードをたたき始めてしまいました(笑)

今日は、あるイベントのマクロビオティックの講演で、知人に質問されたことについてちょっと記述しておきます。

■マクロビオティックは矛盾している?

マクロビオティックは一方で「あれ食べちゃダメ、これ食べちゃダメ」と言っているのに、一方で「世の中の全ては陰陽で成り立っていて、一つとして無駄なものはない」と言う。一方で否定して、もう一方で否定してはいけないというのは矛盾しているのではないか?

まさに的を得た質問だなぁと思いました。
この問題は、多分「今のマクロビオティック」には「次元」という観念が抜け落ちているところに起因します。

これを海と人でたとえて見ましょう。

@海で溺れている次元
A泳ぎを学んでいる次元
B海の全てを受け入れ、泳ぐこともなく浮いている次元

例えば海で溺れている人に、
「全てを受け入れて、力を抜いて海に身を任せなさい」
といってもなかなかそうはできないでしょう。

海で溺れている人にはまず、泳ぎ方を教えてあげるのが得策です。それには一定の規則性と体の動かし方を学ばなければなりません。そこには「こっちに動かしてはダメ、あっちに動かしてはダメ」というような言い回しが出てくるかもしれません。

泳ぎ方をマスターしたら、その人はどこへでも自分でいけるようになります。その人は自分の望む場所へがむしゃらに泳ぎ続けるようになります。ここは嫌だ、もっと理想の場所へ行こうと。

しかし、どこへ泳ごうと海は海であることに気が付きます。

ここでやっと「全てを受け入れて、力を抜いて海に身を任かせる」次元に到達します。

「泳ぐこと」=「選ぶこと」=「今のマクロビオティック」を手放し、すべては陰陽の海と悟り、海と一体となること。

この次元でこそ、「否定」も「肯定」もない「中庸」の意識状態を実現することができます。

つまり、この状態も「マクロビオティック」(私はこの状態をサトル・マクロビオティックと定義しています)の範疇に入れるのであれば、Aの次元とBの次元には全く矛盾した言い回しができてしまうのです。

この次元もまた、陰陽の法則で成り立っています。

@「陰」→A「陽」→B「陰」

ですから、「溺れているのに気が付いていない人」と「全てを受け入れて、泳ぐことを手放した人」は同じ陰性を有しているので、この二人を「Aの陽性な次元」で眺めると一見同じように見えることもあります。

ただ次元が違うのです。

陰陽は横軸だけでなくて、縦軸にもあるのでしょうね。

ちなみにAの次元では「溺れているのに気が付いていない人」にわざわざ「あなたは溺れてますよ」と言いたくなってしまいます(笑)

でもBの次元になると、「溺れているのも全てその人の自由、もし泳ぎ方を学びたいなら教えてあげましょう」とその人の自由意思をまず尊重します。なぜならBの次元にある人は全ての人が「自由人」であることを知っているからです。

:ここで言う「次元」は人の価値としての高低を言っているのではありません。ですから@だから価値がないとか、Bだから偉いとかという事ではありません。色んな次元が同時に存在するから、私たちの世界は豊かで可能性にあふれているのです。全ての次元は神様が許しているからこそ存在する。どれを選んでいくかはその人の自由なのですね。これを「多次元マクロビオティック」とでも呼びましょうか(笑)
この記事へのコメント
おはようございます
ご無沙汰しております♪
<鍼美?も元気なようです>

今回の「次元」と言う言葉に
あぁ〜そうなんだ。うんうん・・・
と理解しているどうかはわかりませんが、納得です!

丁度関係ある様な 無い様な記事を書きましたので
トラックバックさせて頂きました 
Posted by 鍼美人 at 2006年09月17日 09:16
☆鍼美さん!ご無沙汰しております

季節はずれの「海の家」へ来ていただきありがとうございます!
覚えていてくれて光栄です(笑)
コメント&トラバもとても嬉しいです。

陰陽論と五行説については私もいつか書きたいと思います!

これからもよろしくお願いします。
Posted by anubis 22 at 2006年09月17日 14:55
いつか、マクロビオティックは浮き輪のようなものだと話されていましたね。
溺れる人、泳ぎを学ぶ人には浮き輪は必要です。
でも泳ぐ必要がないことを悟ったなら、浮き輪を手放して行く人もいることでしょう。

時間と空間を超えた人の作る社会。
世界が滅びるのも、新しい次元に進むのも
私たちのイメージ次第ということでしょうか。
Posted by macrobi papa at 2006年09月20日 01:04
☆パパさん、こんにちわ!

私は、溺れている次元も泳ぎ方を学んでいる次元も泳ぐ必要のなくなった次元も…。そういうものをひっくるめて捉えれることの出来る視点を得ることがマクロビオティックの醍醐味だと思ってます。

つまり「超越的視点」とでも言いましょうか(笑)

その視点に到達する為の毎日の練習が食事的マクロビオティックなんじゃないかな?って。

でもこれは教えることではありません。個々人が自分で知るようになればそれでいいし、別に知らなくてもマクロは充分楽しいですよね!
Posted by anubis 22 at 2006年09月20日 08:52
そうそう、そうなんです。
あぁ〜、なんて論理的に言えるのでしょう?また、尊敬です。

きっと、いらぬおせっかいが邪魔してね、うまく言えなくなるんです。

全ての人が自由人、良いも悪いもないんです。比べる必要もないんです。

あぁ、すっきりした。
ありがとうございます。
Posted by たま at 2006年09月21日 18:51
こんばんわ。初めてコメントします。悩んでいる私にたまさんが、教えてくださいました。私はAの次元でうろついているようです(笑)。Bの次元って、おだやかな世界なんでしょうね〜
Posted by おでんくん at 2006年09月23日 00:09
☆たまさん、コメントありがとうございます!

「全ての人が自由人、良いも悪いもないんです。比べる必要もないんです。」

正にマクロビオティックの本質だと思います!これが平和へのキーワードですね!


☆おでんくん、はじめまして!

この世界にある目に見えるものも、目に見えないものも、全て神様が許しているから存在できるそうです。

だからAの次元を思いっきり堪能してくださいね。

時には自分の意見を押し付けたくなったり、他人がやっていることを許せなくなったりすることもあるでしょうが、Aの次元は、そういった感情に気づき、それによってどんな結果が生まれるのかを経験できる大切な次元だと思います。

納得いって経験し尽くせば、自然と新しい次元に行けると思いますよ!
Posted by anubisi 22 at 2006年09月24日 09:48
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/23838037

この記事へのトラックバック

ドラマ『陰陽五行』
Excerpt: 例えば例えば・・・の ドラマ『陰陽五行』 それは 昔々 古代中国の話   人々は万物の根源に陰の気と陽の気があることを知った そして 陰の気と陽の気と気を通じ合わせながら 自然を 人間..
Weblog: アンチエイジング実践中♪♪♪ by鍼☆美人
Tracked: 2006-09-17 09:07
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。