2006年10月12日

マクロビオティックに五行説は必要か?

さて、今回のサトル・マクロは 「マクロビオティックに五行説は必要か?」というテーマで考えてみたいと思います。

よく、マクロビオティックを勉強している人に「どうしても陰陽五行説がわからない」と言われるのですが、私は「マクロビオティックに五行説は必要なのかなぁ?」といつも疑問に思っていました。

そもそも、なぜマクロビオティックに「陰陽五行説」が取り入れられているかと言うと、3つの理由があると思います。

@久司道夫先生のマクロビオティックの理論体系に取り入れられているから
A大森英櫻先生が「4つの体質と中庸」という形で五行説を取り入れているから
Bマクロビオティック=東洋医学の体系として捉えられる傾向にあるから


さて、私は主にマクロビオティックとは桜沢如一先生の理論体系の影響が大きいので、あまり五行説というものを考えてきませんでした。なぜなら、桜沢先生は「無双原理」という陰陽二元論としてのマクロビオティックしか提示していなかったからです。

私見で、穴だらけではありますが無双原理(陰陽二元論)と陰陽五行説についての考察をしていきたいと思います。

■マクロビオティックの根本理論「無双原理」とは?

「無双原理」とは言うまでもなく、宇宙を構成する二つの拮抗するエネルギーを陰と陽と呼び、全ての現象をこの陰陽で説明する原理を言います。

桜沢如一の「無双原理」は、もともと、明治の食養家石塚左玄の食養理論である「夫婦アルカリ論」の影響からきています。

石塚左玄はすべての食物には「ナトリウム」と「カリウム」の拮抗があり、この差によって食物の性質が決まるとしました。

それを受けて桜沢は、「ナトリウム」と「カリウム」を「陽」と「陰」に置き換えれば、食べ物だけでなく宇宙全般、地球、自然、人、社会、医学、物理学、科学、経済、芸術、人生、全てを説明する「最高の原理(二つとない原理)」となるのではないかと考えました。

これが近代マクロビオティックの始まりです。

そして、桜沢はその答えをまず中国の「易」に求めました。

■「陰陽論」または「易」

時は中国紀元前2700年ごろ 三皇五帝による統治された伝説的な時代がありました。その皇帝の一人伏犠(フツギ)が天の運行、世の動きなどから直感的に宇宙には相対する二つのエネルギー「宇宙万物は陰陽より成る」とし、陰陽二気から生まれる四象八卦で全ての現象を法則化することが出来るとしました。

これが後の時代「周」の頃、体系としてまとめられたのが「周易」に代表される「易経」だそうです。

もちろん、桜沢はこの「易」のことは充分知っていました。ところが、後の時代に編まれた「周易」及び注釈書は「『易』は広大悉く備わる(無双原理)」という原理をシンプルに説明してくれるものはどこにもありませんでした。

唯一「老子」が『道徳経』で一部を伝えているぐらいで、後は占いの手引書、64卦をもてあそぶ売ト(ばいとく)の易などと桜沢先生は言っています。(易者の皆さんごめんなさい!!)

そこで、桜沢先生は左玄の「ナトリウム・カリウム拮抗理論」と「伏犠のシンプルな陰陽論」そして、老子の『道徳経』を元に独自の「易」をまとめ上げました。

それが無双原理12の定理に代表される「無双原理・易」というマクロビオティックの最高理論だったわけです。

※無双原理の12の定理は、E古典マクロにおける五行説の必要性に参照があります。

<つづく>

【マクロビオティックに五行説は必要か?シリーズ】
@無双原理と陰陽説
A陰陽五行説とは?
B五行説の歴史と謎 
C古代世界と五惑星観
D陰陽説と五行説の観測点の違い
E古典マクロにおける五行説の必要性
Fまとめ

2006年10月09日

100%の恵みどう使いますか?B

さて、この三つのカテゴリーの内、どこからアプローチするのが一番効率が良いかということを検討してみたいと思います。

「葛藤」=「ストレス」と言い換えれば、一番現実的にエネルギーを消耗しているのは「Aの社会性」だと私たちはどうしても考えてしまいます。

ところが、下の図を見てもらえるとわかるように、実は社会性とは私たちの精神性と身体性の投影図でしかありません。

touei.JPG


簡単に言えば、「戦争がある社会」とは、私たちが精神的に「100%の恵みをもらえていない」と思い込んでいたり「大いなるものへの絶対の信頼」を欠いていれば、足りないエネルギーを他者から奪おうと考えるのは自然なことです。

それが社会へ投影されれば、その社会を象徴するものは戦争であったり、競争であったりするわけです。

ですから、社会システムや規制のモラルを変えようと運動を起こしたり、反対活動をする事は、意味はないとは言いませんが、ある種映画のスクリーンに槍を突いているような暖簾に腕押し状態で、ますます「宇宙エネルギー」の消費を促すことにもなりかねません。

ですから、Aへのアプローチはしばらく置いといて、やはり@とBへのアプローチを考えた方がよさそうです。

いくら@とBを考えても、Aの社会が危機に瀕していてはどうしようもないとあせる方もいるでしょうが、そのあせりすらも社会というスクリーンに投影されてします(笑)
今はまず、あせらず自分の精神性と身体性に意識を集中しましょう!

■@精神的消費を抑えるには

本来この分野は、「大いなるものへの信頼感」ということで宗教が担う分野でした。
原始の宗教は、「私たち全ては100%の恵みを受けている」という真理を伝えるものでした。つまり「神」の似姿である私たちは、「神」と同等の創造性を発揮できる存在であるということを。

しかし、後世になって、時の権力がこの宗教を利用し始めます。「神」を人格神として絶対視することで、その他の一般民衆の不完全さを個々人の精神性へと埋め込みます。

これによって一般民衆は、「自分達は不完全な存在(足りない存在)」として100%の恵みを自ら拒否することになります。

権力にある人にとっては、創造性を発揮しない人たちの方が動かしやすいのですね。(教師、親も含めてね!)

さて、このように歴史的に埋め込まれてきた「不信感」をどう克服するかは、単純な話この事を知ればいいだけです。

今「ダビィンチ・コード」等で我々の精神性にこびりついた絶対的な宗教性の解体やスピリチュアリズムの興隆で新たな精神性の拡張がはじまってます。

学校で教わる規制の価値観ではなく、新しい価値観にどんどん心を開いていくことが大切になります。

それと実感です。宇宙との一体感を感じるには瞑想が役に立ちますし、自然と触れ合うことでその圧倒的はエネルギーを感じることもできます。ヨガや気功、そしてレイキなどの手技療法に触れることで宇宙的なエネルギーへの信頼感は高まってきます。

まずは、私たちは全て100%の恵みを受け取っていることを確信していきましょう!
posted by anubis 22 at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ■日々のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

100%の恵みどう使いますか?A

私たちの夢を現実化のために使えるエネルギーがもし10%だったら、どんなにヴィジョンをもっていてもなかなか現実化することはないでしょう。

逆に言えば、もっているヴィジョンに100%のエネルギーを使うことが出来れば、ほとんどのヴィジョンは現実化することが出来るかもしれません。

なぜなら、宇宙の構造は「設計図(意志)+宇宙(生命)エネルギー=現実化」というシンプルな法則が成り立っているからです。

天才やいつも夢を叶える人や思いのままに生きている人は、単純に100%の恵みを効率よく自分の意志(創造性)に使っている以外、なんら私たち普通人と変わることはありません。

@精神的消費

彼らは、完全に宇宙を信頼しているし、自分が常に満たされていることを知っています。そして全ての人がそうであることを知っています。ですから、誰もが認められている100%の恵みを洩れなく受け取ることが出来ます。

A社会的消費

このカテゴリーは、大まかに分けて二つのタイプがいるかもしれません。一つは全く既成の社会システムやモラルを気にしなかったり、完全に超えた観念で存在します。つまり、変人ということで誰もが自分たちのモラルに当てはめようとコントロールしようとしないので、余計なエネルギーを消耗することはありません。
もう一つは、既成の社会システムやモラルを完全肯定してしまうタイプです。彼らは、全ての社会現象を肯定的に自分の糧としてしまうので、それによる葛藤が起こりません。変人とも思われないので、私はこちらをおすすめします(笑)。

B身体的消費

さて、このカテゴリーは若干判断が難しいのですが…。なぜなら、「天才」というとどうしても「20世紀的な破滅型天才」というイメージが先行してしまうからです。

大概の「天才」といわれる人は、@とAのカテゴリで消費しないエネルギーを元に自分の意志を現実化させます。しかし、このBのカテゴリーを考慮しないと思わぬバランスを崩し、破滅的になることがあります。

ですから「天才」というと誤解も多いので「いつも自分の夢を叶える人」や「自分の思いのままに生きている人」と言った方がいいかもしれません。

そういった人は、やはり身体的なバランスをとても大切にしています。

自分の意識を鈍らせる食べ物は自然ととらなかったり、肉体を維持する以上の食べ物を過剰にとることで、宇宙エネルギーを余計な消化で使うことはありません。

以上のような三つのカテゴリーでの「葛藤」という「宇宙エネルギーの消費」を極力おさえることで、大部分のエネルギーを自分の「創造性」に使うことが出来ます。

神様が100%の創造性を発揮できるとすれば(なぜなら神様とは「宇宙エネルギー」そのもののことを言うのですから)、人間の世界での出来事なら60%〜90%のエネルギーを持ってすれば、現実化することが出来るのではないでしょうか。

あくまで想像ですが…。

では次回は、それぞれのカテゴリーでどうやって、消費率をおさえていくかを具体的に見ていきましょう!
posted by anubis 22 at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ■日々のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月29日

100%の恵みどう使いますか?@

■宇宙に充満する無限のエネルギーって何?

一口に「宇宙に充満する無限のエネルギー」と言ってもあまりに抽象的で捉えがたいものがあります。

果たして「宇宙エネルギー」って何でしょう?

これははっきり言ってまだわかっていません。なぜなら、目に見える科学的観察法に慣れている私たちにとっては、目に見えない次元のエネルギーは捉えることができないからです。

ただ、「宇宙エネルギー」だからと言って、別に宇宙の彼方遠くにあるエネルギーではありません。

すべて「在る」ものを成り立たせている根源的なエネルギーということで、これは私たちの内にも外にも、地球にも宇宙にも遍く存在しているエネルギーと言えます。

我々はこのエネルギーなくしては存在できません。
zu101.JPG

そういった意味で私達は、常にこの「宇宙エネルギー」を100%受け取っていることになります。どんな人であろうと、どんな物であろうと、すべて平等にです!

すべての人がこの「宇宙エネルギー」を100%受け取っているとしたら、何かすべての人は超人のような気がしますが、実際すべての人は、超人であり、天才であり、完璧な存在なのです。

では、なぜ私達は見るからに超人や天才や完璧ではないのでしょう?

これが、今回のテーマ「100%の恵みどう使いますか?」になります。

■エネルギー消費の3つのカテゴリー

天才と普通の人の差とは何でしょう?

これは単純に100%の宇宙エネルギーを何%自分の夢や自己実現に使うかという差になります。

以下の図を見てください。
zu100.JPG

まず左の普通の人のエネルギー消費グラフを見てみましょう。

@精神的消費

さて、これは所謂「信頼」の欠如といいます。
つまり、「宇宙的なエネルギー」を信じなかったり、自分は守られていない、愛されていないといった疑心や大いなるものへの不信感は、折角の100%の恵みを自らに拒否してしまいます。

このカテゴリーは、「消費」というか、はなから「受け取らない」わけです。でも、だからと言って、すべてを受け取れないわけではありません。「不信感」なんてものは、つまりは表層の意識なので、深いところでは、やはり「信頼感」は誰にでもあるのです。ただそれに気づいていないだけなのです。

ですから、このカテゴリーで失う「宇宙エネルギー」は30%ぐらいとしておきましょうか。

A社会的消費

このカテゴリーは、既成の社会体制や社会規範に自分を合わせていくことで起こるエネルギー消費を言います。他者との関係も含みます。いわゆる「ストレス」というものに代表されます。

単純な話、「朝起きれないのに、会社へ行かなくてはならない」といった、「起きたくないという願望」と「会社へ行かなくてはならないという社会的義務感」が葛藤を起こすことによるエネルギー消費ということになります。

これは「あの人を許せない」とう怒りや「上司から認められない」というような不安、「この社会をもっと良くしたい」などの不満など外界との葛藤すべてに当てはまります。

これもとりあえず30%の消費率としましょう。

B身体的消費

さて、3番目は身体的な消費率です。これは一番大きいのは食べ物です。人間の身体に合っていない不自然な食べ物、体調に合っていない陰陽バランスの欠いた食べ物が体に入ると、それを消化するためのエネルギーが大量に必要となります。

休みたいときに休めないなどの身体的な声を無視することもエネルギーを消費する原因となります。

これも、30%の消費率としておきましょう!

さて、残ったエネルギーはやっと私たちの夢を現実化のために使えます。
何%ぐらいかな♪

じゅ、10%ォ〜!!

<次回へ続く>


posted by anubis 22 at 09:25| Comment(5) | TrackBack(1) | ■日々のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

レイキとマクロビオティックの不思議な関係<後編>

さて、里真と如一二人の出会いはまさに偶然であり、必然でありました。

「江口のところへ旧知の桜沢如一が現れ・・・」

とありますように、江口俊博と桜沢如一は以前からの知り合いでした。
実はこの二人、明治の食養家石塚左玄の孫弟子にあたる兄弟弟子であったのです。

※二人は左玄の弟子後藤勝次郎の弟子にあたるそうです。

ゆえに、江口式レイキでは「手のひら治療」に先立つものとして、石塚式食養の重要性が説かれました。つまり、治療する側も治療される側もまず、食養を実践することで、手のひら治療の効果が増幅されるとしたのです。

そんな訳で、江口の元へ旧知の桜沢が現れることによって起こった里真さんとの出会いはある意味必然であったのでしょう。

その後、里真さんは桜沢の食養指導により、健康を回復していきます。しかし、同時に江口式レイキの実践者としても活躍しました。

桜沢の著作に、しばしば「里真に手を当ててもらった」とか「インドで里真は食養の料理と手のひら治療でみなを驚かせた」などと出てきます。

また、故大森英櫻先生は、食養も手当て法(生姜シップなどの植物による)も出来ない時、手のひら治療をすると仰ってました。詳しく聞くと、「右手を患部に当てて、左手を床に置いてアースする」と仰ってました。
これはまさに江口式レイキの手法であり、おそらくは里真さんから伝授してもらったものだと思います。

■食べ物は手段?

現代では、まだまだ怪しげだと思われがちなレイキという手のひら療法は、実は桜沢先生の時代では、マクロビオティックと思いのほか親和性を帯びていました。

これは、「食べ物が全て」という最近のマクロビオティックの考え方からすると少し違和感を感じる方もいるかもしれません。

しかし、桜沢先生において、レイキとマクロビオティックはなんら矛盾するものではありません。

 われわれの精神は全体なのである。肉体は、その部分にすぎないのである。われわれの肉体は、ちょうどラジオの受信機のようなものである。それは全宇宙に充満している電波の一部を受けて物語るのである。
 食物とは、電波と同じ材料の、一種のエネルギーではあるが、それは、この小さな受信機を働かせ、真空管をあたためる電流なのである。また、この受信機を組み立てている材料が食物なのである。この材料の性質いかんによって、われわれは全宇宙の三つの広がり(ダイメンション)―すなわち「長さ」、「幅」、「高さ」と、今一つの広がりである「時間」の中に流れている電波を、あるいは多く、あるいは少なく受信するのである。


『食養人生読本』(桜沢如一著 日本CI協会 1938年)より


つまり、桜沢先生にとっては食べ物は、その電波(宇宙エネルギー)を最大限に受け取る為の受信機能を最適に保つための手段だったのです。

レイキもマクロビオティックも「宇宙に充満する無限のエネルギー」を活用して行くという主眼においてなんら矛盾しません。

その為の食べ物であった訳ですから・・・。

この頃のマクロビオティックは故に、「宇宙に充満する無限のエネルギー」の活用を根本原理とするあらゆる療法や哲学をに対して広い理解がありました。

アーユルヴェーダを日本に紹介したのも、この当時いち早くホメオパシーに言及したのも、当時では珍しくルドルフ・シュタイナーを評価したのも、桜沢先生だったのです。

もちろんヨーガに対する理解もしかりです。というか、当時の自然療法(今でいうヒーリング)の世界の総元締めみたいな人だったのです(笑)。

■レイキとマクロビオティックの共時性

伝統レイキの創始者臼井甕男と桜沢如一が直接関わったことはなかったみたいですが、レイキとマクロビオティックがその後、日本ではマイナーな分野へと押しやられてしまったの対し、世界でこの日本生まれのヒーリング・メソッドが高く評価され、地球規模のスピリチュアル・ムーブメントに多大な影響を与え、そして日本に逆輸入されると言った共通性はまさにシンクロ二シティーと言っても過言ではなさそうです。

それは両者とも「宇宙に充満する無限のエネルギーの活用」といった宇宙規模の視点に根ざした療法であり哲学であったからなのでしょう。

日本で生まれ、世界を飛び回り、そして今日本に再び戻ってきたレイキとマクロビオティックというブーメランが今後、日本を舞台にどんな親和性を見せてくれるか楽しみです。

<参考文献>
『食生活の革命児 桜沢如一の思想』(松本一郎著 地産出版刊 )
『手のひらが病気を治す』(三橋一夫著 中央ア−ト出版社刊)
『食医石塚左玄の食べ物健康法』(農文協刊)
『操体法の医学と食養』(田村茂兵衛著 たにぐち書店刊)
『食養人生読本』(桜沢如一著 日本CI協会刊)
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