2006年09月25日

レイキとマクロビオティックの不思議な関係<前編>

以前、レイキとマクロビオティックの共時性についてちょっと触れましたが、今回はもう少し詳しく検討してましょう。

では、まず昭和51年に出版された『食生活の革命児 桜沢如一の思想と生涯』(松本一郎著 地産出版)から一文を引用します。

 病弱なリマは毎月四日か五日間東京恵比寿の江口俊博の元へ通っていた。江口は“たなすえの道”といわれる手のひら療法の大家で、人間の手のひらからは、誰でも電気が出ており、修行するとよく出るようになる、その電気を患部へ当てると治る、というのである。江口はそのころ体重30`くらいまでやせていたリマを見て「こんなに弱くてよく生きている」といいながら治療に当たった。
 ある日、江口のところへ旧知の桜沢如一が現れ、リマは「食養会の桜沢先生です」と紹介された。昭和11年のことである。


文中の「リマ」は後に桜沢如一の妻となる桜沢里真さんのことです。これは桜沢如一と里真さんのまさに運命の出会いを描いた場面なのです。

その後、桜沢先生と里真さんは二人三脚で近代マクロビオティックの確立に情熱を傾けたことを考えると、この出会いこそがマクロビオティックの夜明けだったのかもしれません。

さて、この出会いの場を提供した文中の手のひら療法の大家と言われる「江口俊博」とはどんな人物だったのでしょうか?

■「手のひら治療」の創始者である江口俊博

eguti150.jpg 江口俊博(1873〜1946)

昭和初期に一大旋風を巻き起こした「手のひら治療」の創始者である江口俊博は実は元々「臼井式霊気療法(伝統霊気)」の門下生でした。

昭和2年、江口氏55歳の時、臼井式霊気療法それ自体は、天然自然に備わる手のひらの力を発揮させるものであって、タダでいただいている手のひらパワーに対して、どうして法外なカネを取るのかと当時のと臼井式霊気療法を批判し、独立して無料で行う「手のひら治療」を主張しました。

※レイキでお金を取るかという問題は、様々な考え方があるのでまた別の機会に書きますが、昭和2年というともう臼井先生も亡くなられているので当時の臼井式霊気療法にも若干の問題があったのかも知れません。

とはいえ、昭和初期に一大ムーブメントを起こした江口氏の「手のひら治療」も源流は臼井式霊気療法だったことは間違いありません。現代では「手のひら治療」を江口式レイキと呼ばれることもあります。

そんな訳で、江口式レイキである「手のひら治療」を受けに来ていた若き日の桜沢里真さんは、桜沢如一に偶然が必然か出会うことになります。

<後編に続く>











2006年09月24日

サトルマクロ的時空間覚書

WS000005.JPG

今日は時空概念のサトル・マクロ的な解釈にチャレンジしてみました。

分かりやすく書こうと思ったのですが、結局小難しくなってしまったので、興味がない方はお飛ばし下さい。

■なぜ私たちの世界には時間や空間が存在するのか?
■昼と夜の二元性
■二元性という幻想が、今の現実を作りだしている
■桜沢如一が願ったもの

本文はこちら

2006年09月17日

時間と空間のこと

先日、ある集まりで「2012年に何が起こると思いますか?」と質問されました。

2012年といえば、その年の12月22日(23日)にマヤ歴が終わっていることをはじめ、様々な古代の預言者が地球の終焉を予言している年ですね。

特に最近、今の時代の状況に納得いかない人達は、現代文明の崩壊とともに心のきれいな人だけが生き残り、新しい時代が築かれるなどの終末待望論から、2万6千年周期のフォトン・ベルトの影響により、半霊半物質の世界が到来する(アセンション論)など、ネガティブなものからポジティブなものまで様々な視点から論じられています。

さて、私はどう思うかと言うと・・・

単純に「マヤ暦」が終わるという事から、「時間のなくなる日」ただそれだけだと思ってます。

正確に言えば人類の意識から「時間」という観念が薄れるということ。

つまりカレンダーがいらなくなるんですね。だからマヤ暦は終わっているんです。だって必要ないんだもん(笑)

ただ、この「時間の観念(拘束)」から意識が解放されるということは、現実レベルでものすごいことなんです。

それを知るためには、まず「時間と空間」の関係を考えなくてはなりません。

時間と空間は一対です。これは陰陽の関係にあります。時間が無ければ空間はないし、空間が無ければ時間はありません。

つまり「時間の観念」が無くなるということは、「空間の観念」も無くなるということなのです。

実は私たちはもう既に時間の観念が崩れ始めています。インターネットやモバイルの登場で、瞬時に想念を遠くに伝えることができます。つまり「送り手」から「受け手」に発生するはずの「時間」が無くなっているのです。

これは同時に「送り手」と「受け手」の「距離(空間)」も縮まっていることを意味します。

今東京で、北海道の鮭が食べたいと思えば、明日には食卓に上っているのです。これは江戸時代の人からすれば魔法です。瞬時に出現したとしか思わないでしょう。

インターネットは時間を無くし、クロネコやペリカンが同時に距離を縮めているのです(笑)

思ったことが瞬時に現実化する時代。インターネットやモバイルはまさにその練習をしているようなものです。

今東京で、北海道の鮭が食べたいと思います。さて次の日になって、やっぱり蟹が食べたいなぁと気が変わってもその日には、もう鮭が届いているのです!

つまり、想念が常にクリアな人は常に自分の思いどうりの世界を体験しますが、想念が曖昧な人は、常に混沌とした世界を体験するようになります。(今でもそうなのですが・・・)

さて、2012年の「時空間の拘束」から外れるということは、インターネットの比ではありません。インターネットは自動車教習所のようなものです。

その時、地球はどうなるでしょうか?

それは、私たちの思い描くイメージ次第ということになりそうです。
posted by anubis 22 at 14:40| Comment(10) | TrackBack(0) | ■日々のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

多次元マクロビオティック

夏も終わりやっと秋っぽくなってきた今日この頃、ふとこのブログを開いてみると季節に取り残された「海の家」のような寂しさを感じてしまい、思わずキーボードをたたき始めてしまいました(笑)

今日は、あるイベントのマクロビオティックの講演で、知人に質問されたことについてちょっと記述しておきます。

■マクロビオティックは矛盾している?

マクロビオティックは一方で「あれ食べちゃダメ、これ食べちゃダメ」と言っているのに、一方で「世の中の全ては陰陽で成り立っていて、一つとして無駄なものはない」と言う。一方で否定して、もう一方で否定してはいけないというのは矛盾しているのではないか?

まさに的を得た質問だなぁと思いました。
この問題は、多分「今のマクロビオティック」には「次元」という観念が抜け落ちているところに起因します。

これを海と人でたとえて見ましょう。

@海で溺れている次元
A泳ぎを学んでいる次元
B海の全てを受け入れ、泳ぐこともなく浮いている次元

例えば海で溺れている人に、
「全てを受け入れて、力を抜いて海に身を任せなさい」
といってもなかなかそうはできないでしょう。

海で溺れている人にはまず、泳ぎ方を教えてあげるのが得策です。それには一定の規則性と体の動かし方を学ばなければなりません。そこには「こっちに動かしてはダメ、あっちに動かしてはダメ」というような言い回しが出てくるかもしれません。

泳ぎ方をマスターしたら、その人はどこへでも自分でいけるようになります。その人は自分の望む場所へがむしゃらに泳ぎ続けるようになります。ここは嫌だ、もっと理想の場所へ行こうと。

しかし、どこへ泳ごうと海は海であることに気が付きます。

ここでやっと「全てを受け入れて、力を抜いて海に身を任かせる」次元に到達します。

「泳ぐこと」=「選ぶこと」=「今のマクロビオティック」を手放し、すべては陰陽の海と悟り、海と一体となること。

この次元でこそ、「否定」も「肯定」もない「中庸」の意識状態を実現することができます。

つまり、この状態も「マクロビオティック」(私はこの状態をサトル・マクロビオティックと定義しています)の範疇に入れるのであれば、Aの次元とBの次元には全く矛盾した言い回しができてしまうのです。

この次元もまた、陰陽の法則で成り立っています。

@「陰」→A「陽」→B「陰」

ですから、「溺れているのに気が付いていない人」と「全てを受け入れて、泳ぐことを手放した人」は同じ陰性を有しているので、この二人を「Aの陽性な次元」で眺めると一見同じように見えることもあります。

ただ次元が違うのです。

陰陽は横軸だけでなくて、縦軸にもあるのでしょうね。

ちなみにAの次元では「溺れているのに気が付いていない人」にわざわざ「あなたは溺れてますよ」と言いたくなってしまいます(笑)

でもBの次元になると、「溺れているのも全てその人の自由、もし泳ぎ方を学びたいなら教えてあげましょう」とその人の自由意思をまず尊重します。なぜならBの次元にある人は全ての人が「自由人」であることを知っているからです。

:ここで言う「次元」は人の価値としての高低を言っているのではありません。ですから@だから価値がないとか、Bだから偉いとかという事ではありません。色んな次元が同時に存在するから、私たちの世界は豊かで可能性にあふれているのです。全ての次元は神様が許しているからこそ存在する。どれを選んでいくかはその人の自由なのですね。これを「多次元マクロビオティック」とでも呼びましょうか(笑)

2006年08月22日

群馬パワースポット紀行 後編

榛名神社を後にしてバスで10分ほど榛名湖に到着しました。前方に見えるのが榛名富士です。

harunahuji.jpg

さぁ、この形とこのブログをかけたら答えは一つ。

ハイ、ご名答「ピラミッド」ですね(笑)

日本には縄文の昔より、神奈備(カンナビ)信仰という所謂ピラミッド信仰があったそうです。三輪山などが最も有名ですが、榛名山もその形があまりに完璧なので、かなり人工的なピラミッドなのではないかと疑われています。

また民間伝承では、巨人伝説で同じみのダイダラボッチが造ったとも言われているそうです。

残念ながら榛名富士に登る時間はありませんでしたが、榛名神社の磐座を考えてきても、この一体がとても縄文的な祭祀場であったことは十分考えられる事だと感じました。

uma.jpg

さてこちらのお馬君、榛名湖畔を案内する観光馬車…。
湖を浮かぶ白鳥のボートといい、何故に日本の観光地(特に湖)はこうも想像力貧困なのかとうら寂しくなるのですが、でも馬といえば群馬。

実際この一体の火山灰の下には馬の蹄の痕跡が発見され、馬の牧場があったのではないかと言われています。本来縄文時代には馬の飼育はされていなかったと言われていますので、古墳時代に何らかの形で朝鮮半島などから騎馬民族が進出してきたのではないでしょうか。

群馬の由来も「くるま」=「黒馬」などに語源があるそうですね。

縄文文化は、太平洋上にあった失われたムー大陸の末裔が日本で築いた文化だと私は考えています。神奈備信仰も磐座信仰も失われたムーの直感科学だったのです。

古墳時代の頃、大陸からの渡来系騎馬民族の進出(多分こちらはアトランティス系の末裔でしょうか)によって日本のムー文化は影へと押しやられてしましました。
おそらく榛名山一体もそんな歴史が連綿と続いてきたのではないかと感慨深げに後にしました。

さて、これ以上あやしくなる前に最後にもう一つ紹介。

syourin.jpg syourin2.jpg

高崎にあるもう一つのパワースポット「少林寺」

ちなみに「アチョー!」ではありません。すみません想像力貧困なのは私でした(笑)

分かっちゃいるけど、境内でカンフーをしている人達がいるのではないかとワクワクしてしまいますが、ここは達磨(ダルマ)で有名な普段はとても落ち着いた禅寺です。

daruna.jpg

風水学的には長寿と健康のスポットだそうです。

私たちが学校で教わる日本の歴史は、コンクリートで固められた無味乾燥な道のようなもの、本当はその下に創造力豊かで冒険的な道が連綿と続いています。

そう、私たちにもその歴史は流れています。コンクリートで固められた鎧をはずして、自分達の本当の姿を見つめていくうちに、日本(自分)は何て面白い国(人)なのだろうと思えてくるのです。

お盆は小旅行でしたが、今度はどんなパワースポットに行こうかな。

posted by anubis 22 at 09:54| Comment(2) | TrackBack(0) | ■日々のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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